新たな大地のための日時計
鉄
本作はオリジナルの日時計です。しかし移動する影によって指し示されるのは時間ではありません。文字盤に刻まれているのは「古事記」(日本神話を伝承する国内最古の書物とされるもの)において大地や神々が生まれるときの音(オノマトペ)を再構成したオリジナルの詩です。
大地の生成というテーマは、本作が制作された六甲山の歴史に由来しています。阪神地域の埋立地をつくるために、この六甲山は削り取られました。土砂が運ばれて埋立地がつくられました。そうした人工大地を守るように存在する淡路島は、古事記における「国生み」の舞台とも言われています。そんな景色を見下ろす六甲山の山頂で、本作は、昇っては沈む太陽とともに変化しながら存在していました。
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かつて批評家の椹木野衣は『震芸術論』で、プレートテクトニクスによる「日本列島の生成」と「地震による崩壊」の循環によって、悪い場所を再定義しました。しかし人工の大地である埋立地は、列島とはまったく異なる仕方でつくられます。本作の文字盤に刻まれた文字列が古事記に由来するのは、イザナギとイザナミによる国生みが実際には日本列島の生成であるのに、埋立地の開発のような手続きによってなされるからです。淀んだ世界を矛でかき混ぜて、大地をつくる共同作業は、まさに人工大地の制作でなされる行為です。
これまで布施は詩や批評といった「言葉」の表現を中心に、絵画や映像、インスタレーション、ウェブサイト、展覧会企画などを立ち上げてきました。スマートフォンの発売以降の社会における「孤独」や「二人であること」を探求するためにプログラミングやコンピュータグラフィックスなどのデジタルな技術を制作に活用してきました。本作は、そうした探求を、電気すら不要なアナログな手法において天体の運動から再考したものでもあります。
日本固有の大地の特性としての列島と埋立地。その生成の神話的な「音」を止まることなく刻み続ける本作は、布施琳太郎の活動をこれまでになく拡張しながら、詩と美術を再会させて、日本列島的な感性として提示します。日時計に触発されることで、本作は、循環運動そのものを表現形式とした詩装置となったのです。