布施琳太郎 / Rintaro Fuse
新作講義

地球から手を離す

洞窟壁画、島々の海、あるいは芸術の分身

2026.09—2027.01 オンライン講義
地球から手を離す
『あなたと同じ形をしていたかった海を抱きしめて』2021年

海は、そこを航行する方法を知る者なら誰にでも開かれていた。

——エペリ・ハウオファ1

A君とB君がいて通信でモンスターを交換すると、A君の持っていたものがB君のところに来る。で、そのB君がC君と会って交換すると、A君の持ってたものが今度はC君のところに行く。つまり、A君の知らないところで、自分が関わったポケモンが生きている――パラレルワールドのどこかで生きている可能性がある。

——田尻智2

土着的なものは、不動であることと決して同義ではない。

——アシル・ンベンベ3


ポケモンから島々の海、そして洞窟壁画へ。スマートフォンを操作する指、地球と生命の生態、オーストロネシアの船と神話、交換によって姿を変えるポケモン、そして観光客として土地を訪れることの倫理。それらをひとつの旅路として考える連続講義です。

別々の専門領域に分けられてきた知識を統合するのではなく、それぞれをぶつけ合わせながら、世界を考えるための暫定的な体系をつくります。その中心に置くのが、芸術より古くから存在し、芸術によく似ているがゆえに「芸術」の輪郭を揺るがすもの——「芸術の分身」という考えです。

最終回の後、私はこの体系を携えてインドネシア・スラウェシへ発ちます。洞窟壁画を訪ね、新作の制作をはじめるためです。しかし布施だけでなく、あらゆる領域の作家、観賞者が刺激を受けとって自らの思考を深めるきっかけとなるように準備をすすめております。

この講義は、旅の出発までを共有します。
まずは好奇心だけを片手に集まっていただけたらと思います。

受講料・申込

一般15,000円12,000円
大学学部生または22歳以下自己申告制10,000円8,000円
渡航支援チケット限定24名40,000円32,000円

9月16日までのお申し込み:各料金から2割引

01 講義のきっかけ

長いあいだ考えてきたことが、これまでとは違う仕方でひとつにつながりはじめている。そのことにワクワクしている。それを起点に、ひとつの旅に向けた新作講義『地球から手を離す』を実施します。

これまで僕は、スマートフォン以後の社会で、どのように「孤独」でいられるのか、あるいはどのようにして「二人きり」になれるのかを考えてきました。詩や批評から出発し、ウェブページ、映像、絵画、インスタレーション、展覧会、書籍などを通じて、孤独と親密性、インターフェイスと身体、名前、思い出について表現してきました。

しかし最近、問いの単位だけでなく、問い方そのものが変わりはじめています。はじまりはポケモンでした。人間と動物、植物、機械、データ、死者、大地、海は、どのように同じ世界を生きることができるのか。そして私たちは、それらに触れ、名前をつけ、分類し、交換し、移動させながら、どこで手を離すことができるのか。そうした問いは洞窟壁画、オーストロネシアの島々、植民地主義、一般生態学という枝分かれしたリサーチへと展開していきました。

それらを「ひとつの旅路」としてなら結びつけられるかもしれない。矛盾を解消するのではなく、異なる知識を携えて移動し、発見と論理を組み立てながら、ときにそれを壊して歩く。そのために、まず講義を実施することにしました。

布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年
布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年

02 芸術の分身

この講義では、スマートフォンを操作する指から、地球の生態、ポケモンの生態、オーストロネシアの船と神話、数万年前の洞窟壁画、そして観光客として土地を訪れる倫理までを横断して思考します。別々の専門領域の知識をひとつに統合するのではなく、それぞれをぶつけ合わせることで、世界全体を考えるための暫定的な体系をつくります。それは結果として僕だけでなく、はばひろいジャンルの作家を触発することのできる知のコモンズ(共有地)になると考えています。

ここでは、ひとつのアイデアをひらいておきます。それは数万年前の洞窟壁画のように、西洋由来の「芸術」よりはるか以前から存在しながら、芸術によく似たものを「芸術の分身」として考えてみたら?というものです。

分身はオリジナルの複製や表象ではなく、時系列すら撹乱しながら、本体の同一性そのものを不安定にする存在です。それは既存の芸術概念に揺さぶりをかけ、芸術の起源をひとつではなく複数に変形するでしょう。たんなる「新しさ」ではなく「分身」としての芸術作品にこそ、僕の関心は向いているのです。

布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年
布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年

03 旅路へ

講義が終わった後、僕はインドネシアのスラウェシ島への旅に出る予定です。そこには世界最古と言われる洞窟壁画があります。残されているのは動物画だけではありません。手形、しかも手の上から塗料が吹き付けられたことでつくられた陰画があるのです。かつて何かがそこにいたのに、今はもういないことの記録。そんな不在が6万年以上ものあいだ、洞窟のなかに残されている。それこそが「芸術」ではない「芸術の分身」のサンプルだと思っています。古いから重要なのではありません。その不在は、つねに現在進行形なのです。

この講義は完成した理論を提示するものではありません。各回ごとに真剣に、知識の体系化を試みますが、それらがひとつの理論に収束することはないでしょう。体系的なのにハルシネーションを内包した理論を携えて旅に出ること、制作をはじめることが必要だと思っています。

僕だけでなく集まった方々もまた、ここで組み立てられた体系を自由に回収して、壊しながら自分の知として持ち帰ることができるようなプログラムとして本講義は設計されています。

この講義は、旅の出発までを公開します。そして旅は、ひとの数だけあります。

無数の旅のために本講義はあるのです。

布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年
布施琳太郎『比喩なき世界の、比喩の洞窟』2017年


講義内容

※予告なく調整される場合があります。

第0〜3回までの講義では思想的な道具を揃えながら、オーストロネシアという数千年規模の移動を歴史から考えます。しかし同じ島には、それより数万年前の手が残っている。
第4回以降は洞窟壁画を経由しつつポケモン、詩、映画などの具体的な芸術作品から思考していきます。

第一部世界を集める

第0回まだ行っていないから話せること旅以前の仮説/不在/島々の海/自作解説

(無料公開、この回のみ60分)

まだ行ったことのない場所について、私たちはどこまで語ることができるのでしょうか。 これまでの自身の活動、つまり作品、キュレーション、批評を振り返りながら、なぜそれらの先に今回の講義が現れたのかを整理します。ここでは講義の前提として、太平洋の島々と海について論じたハウオファのエッセイ「島々の浮かぶ我らの海」(1993)を紹介します。また「仮説を持って旅に出ること」や「不在そのものを映し出すこと」の先行例として、いくつかの映画を紹介しながら、自分の試みとの差異も考えます。そして、これから実際に向かうスラウェシ島の洞窟壁画を、なぜ私は「不在した身体の像」として見ようとしているのか。その旅以前の仮説を、現地で確かめるためではなく、そこで何が崩れるのかを見るために、いったん明文化します。

議論の対象:『iphone mural(iPhoneの洞窟壁画)』(2016)/『新しい孤独』(2019)/『隔離式濃厚接触室』(2020)/『パビリオン・ゼロ』(2025)/『フィンガーメイド時代の芸術作品』(2026)/エペリ・ハウオファ/足立正生/渡辺真也/クリス・マルケルなど

第1回第二の天地創造指/複眼/テクノロジー/奴隷制

指が自由になることは、身体が自由になることなのでしょうか。 アシル・ンベンベの著書『地球共同体』第三章「第二の天地創造」を中心に読みながら、スマートフォン以後の身体とテクノロジーについて考えます。そこでンベンベは、デジタル文明を「指の全面的解放」として捉え、画面の向こうに複眼的な知覚と新しい生命世界が生まれつつあると論じます。しかしこの「第二の天地創造」は、たんに楽観的な技術的解放論ではありません。それは身体を測定し、識別し、利用可能なものへ変換してきた奴隷制や植民地主義の歴史とも切り離せません。指、画面、複眼、AI、そしてポケモンを手がかりに、テクノロジーが生命を捕獲することと、まだ存在しない生命世界をつくることが、どこで重なり、どこで分かれるのかを考えます。

議論の対象:アシル・ンベンベ/アンドレ・ルロワ=グーラン/『すごい指:フィンガーメイド時代のピクチャープレーン』(2026)/スマートフォン/拡張現実/ポケモンなど

第2回一般生態学と生態史観世界モデル/アシル・ンベンベ/梅棹忠夫

「生態(ecology)」という言葉から、どのような世界像をつくることができるでしょうか。ンベンベは『地球共同体』のなかで人間、動物、植物、物質、技術的対象が互いに変化させ合う関係を「一般生態学」と呼びました。一方、梅棹忠夫は1950年代のユーラシア旅行を経て、環境と社会の相互作用から複数の文明の歴史を説明する「生態史観」を構想します。一方は世界を生態的地域へ分け、もう一方は存在同士の境界を混ぜ合わせていく。同じ「生態」という言葉から生まれた二つの世界モデルを比較しながら、旅を通じて世界を体系化することの可能性と危険性を考えます。

議論の対象:アシル・ンベンベ/梅棹忠夫/今西錦司/ミュウとアルセウス/など

第3回オーストロネシアの宇宙技芸航海/宇宙技芸/ラ・ガリゴ

技術を別の土地へ持ち運ぶとき、その技術が属していた世界観も一緒に運ぶことができるのでしょうか。 思想家のユク・ホイは、技術を宇宙観や倫理と結びついた実践として考えるために「宇宙技芸(cosmotechnics)」という概念を提唱しました。この回ではその概念を手がかりに、オーストロネシアの航海、スラウェシ島の船大工、星や風についての知識、家や祖先との関係を考えます。さらに、上界・中界・下界を往還する神々や航海を描くブギスの叙事詩『ラ・ガリゴ』も参照し、技術と神話がひとつの世界像を組み立てるあり方を見ます。ただし、「オーストロネシア」をひとつの宇宙観へまとめるのではなく、そもそも「宇宙技芸」という概念を異なる土地へ適用すること自体に、どのような可能性と限界があるのかを考えます。

議論の対象:エペリ・ハウオファ/ユク・ホイ/神話『ラ・ガリゴ』とその写本を書いたColliq Pujié/転写と翻訳を担ったMuhammad Salim、Nurhayati Rahman/Christian Pelras『The Bugis』/ロバート・ウィルソン『I La Galigo』(2004)/ブギスの船大工たちなど

第二部手を離したあとに残るもの

第4回洞窟壁画は芸術の祖先ではない芸術の分身/ルロワ=グーラン/新しい孤独

「芸術の起源」は、本当にひとつなのでしょうか。世界各地に残された洞窟壁画を〈芸術〉のはじまりとして並べるとき、私たちは近代以後につくられた概念を、数万年前の像へ投影しているのかもしれません。この回では洞窟壁画を「芸術の祖先」ではなく、芸術に似ているからこそ芸術概念そのものを不安定にする〈芸術の分身〉として考えます。なかでも、指を壁に走らせるフィンガーフルーティング、動物を描く像、手を置いて顔料を吹き付けたあとに身体を退かせるネガティブハンドを比較します。手を離すことで初めて現れる像から、描くこと、触れること、不在になることの関係を考えます。

議論の対象:洞窟壁画研究の現在/アンドレ・ルロワ=グーラン/ジョルジュ・バタイユ/『新しい孤独』における洞窟論の自己批判など

第5回交換すると、空白が残るポケモン/詩学/グリッサン

何かを他者へ渡したあと、それはまだ「自分のもの」なのでしょうか。 ポケモンを交換すると、自分が育てた一体が相手の世界へ移動し、こちらにはその不在が残ります。しかも一部のポケモンは、交換することによって姿そのものを変える。この回では、田尻智がゲームシステムとして設計した「交換」から出発し、グリッサンの〈全-世界〉、それを惑星的な生命へと拡張するンベンベの〈全-惑星〉を読みます。動物、植物、鉱物、幽霊、機械、データが共存しながら、同時に捕獲され、分類され、所有されるポケモン世界を通して、関係を結ぶこと、所有すること、手放すこと、そして他者との関係によって存在そのものが変わることのあいだを考えます。

議論の対象:エドゥアール・グリッサン/アシル・ンベンベ/『もうひとつのミュウ』(2024)など

第6回負債と観光映画/制作/日本占領

旅を終えて帰ることは、そこで生まれた関係を終わらせることなのでしょうか。最終回では、ンベンベの「支払い不能な負債」と東浩紀の「観光客」を手がかりに、移動する者と土地との関係を考えます。また映画『アクト・オブ・キリング』(2012)、『ルック・オブ・サイレンス』(2014)を通して、インドネシアの過去の暴力が、像、証言、沈黙として現在に残り続けることを見ます。さらに、これから向かうスラウェシは、1942年から45年まで日本軍の占領下に置かれ、日本海軍の軍政によって統治された土地でもあります。日本から来た観光客としてスラウェシへ向かい、撮影し、何かを受け取り、やがて帰ってくる自分は、その土地に何を負うことになるのか。手を離すことと、関係を終えることの違いを考え、旅へ出ます。

議論の対象:アシル・ンベンベ/東浩紀/ジョシュア・オッペンハイマー『アクト・オブ・キリング』『ルック・オブ・サイレンス』/インドネシアと日本の歴史など

開催概要

講師
布施琳太郎
開催方法
オンライン(リアルタイム+アーカイブ+当日資料の配布)
講義情報の共有のためのLINEオープンチャットに参加していただきます。
時間
18:00–20:00(各回終了後に質疑あり)
日程
  • 第0回無料公開、質疑なし、60分のみ
  • 第1回
  • 第2回
  • 第3回
  • 第4回
  • 交流会東京都内でリアル開催、飲食別料金
  • 第5回
  • 第6回
主催
布施琳太郎
問い合わせ
rintarofuse@gmail.com

受講料・申込

一般15,000円12,000円
大学学部生または22歳以下自己申告制10,000円8,000円
渡航支援チケット限定24名40,000円32,000円

9月16日までのお申し込み:各料金から2割引

引用出典

  1. エペリ・ハウオファ「島々の浮かぶ我らの海(Our Sea of Islands)」Eric Waddell, Vijay Naidu, Epeli Hau‘ofa編 A New Oceania: Rediscovering Our Sea of Islands, University of the South Pacific, 1993, pp. 2–16, 引用箇所 p. 9(邦題・引用は引用者訳)。
  2. 宮昌太朗・田尻智『田尻智 ポケモンを創った男』太田出版、2004年、pp. 109–110。
  3. アシル・ンベンベ『地球共同体——最後のユートピアについての考察』中村隆之・平田周訳、人文書院、2026年、67頁。
布施琳太郎『Retina Painting』2019年/鑑賞者の影
布施琳太郎『Retina Painting』2019年/鑑賞者の影