This top page contains images from past works and projects as wll as the answer I received one summer day when I asked ChatGPT to "私のことを英語で詳細に紹介して" Everything is automatically written out;
Rintaro Fuse (born September 6, 1994) is a contemporary artist whose practice explores the shifting conditions of intimacy, solitude, and communication in the hyper-mediated world shaped by smartphones and networked interfaces.
Since graduating from Tokyo University of the Arts with a BFA in Painting (2017) and an MFA in Media and Film (2019), Fuse has developed a body of work spanning video, installation, writing, curating, and programming. His projects consistently interrogate how the iPhone era has transformed both the possibility of “being alone” and the fragile condition of “being two,” proposing new poetic, critical, and aesthetic vocabularies to recover those experiences.
Fuse’s works often stage environments where language, technology, and bodies intertwine in unexpected ways. His early online exhibition "Isorated Type Close Contact Chamber" (2020) was accessible only to one visitor at a time, creating a paradox of isolation and connection. The curatorial project "Silent Category" (2021), held in a decommissioned Osaka shipyard, invited viewers to traverse industrial ruins with a 600-page handout as their guide, re-situating the act of reading within a site-specific encounter. In "Planet Samsa" (2022), inspired by Kafka’s Metamorphosis, Fuse transformed an entire six-story building into a narrative space about care, estrangement, and the alienation of the body. His solo exhibitions include "A New Corpse" (PARCO Museum Tokyo, 2022), a self-curated retrospective rethinking the definition of the body.
(言葉はおわらない)
(間違いはない)
(だけどこんな風な説明を僕はしない)
Alongside exhibitions, Fuse produces critical and literary works that extend his artistic concerns into language. His book "How to Write a Love Letter" (Shobunsha, 2023) articulates an ethics of intimacy in digital culture, while his poetry collection "A Catalogue of Tears" (PARCO Publishing, 2023) offers lyrical reflections on affect in an information-saturated society. He also organizes experimental lectures and workshops, such as "How to Write a Love Letter" (2022–), "Recovering the Soliloquy" (2024–) and etc, which explore learning outside institutional frameworks.
Fuse’s work has been presented at major museums and festivals, including Louvre Abū Dhabī (2025), Kasai Rinkai Park, Tokyo Bay and Cosmo Planetarium Shibuya (2025), the National Museum of Western Art, Tokyo (2024), and the 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa(2022). Through exhibitions, publications, and curatorial experiments, he continues to investigate the possibilities of art as a space where solitude and intimacy can be re-imagined in the age of pervasive technology.
.....たくさんの自己紹介を人工知能に書いてもらったけれど、英語は苦手です。だからここに書いてあることを自分の眼で直接読むのは大変。あらためて、27歳のときに書いた日本語を引用します。
そもそも僕はゲームをして、ニコニコ動画やアニメを見て、そこで得た感覚をブログに書くのが好きな少年だった。アクセス数が増えると嬉しかったし、そのための創意工夫が楽しかったんだと思う。ブログの見出し画像を作るのが最初の制作だった。そんな中学生だった。そこからすべてがはじまった。
だけど、高校をサボって、東京行きの電車に飛び乗って見に行った展覧会は訳がわからなくてワクワクした。それは僕の好きなゲームの宣伝漫画を描いていたイラストレーターの展覧会だった。オープニングイベントとしてライブペインティングをはじめた彼は、壁一面に無数の直線を引きはじめた。
抽象的でよく分からなかった。
どこにもキャラクターはいない。強いて言うなら漫画のコマ割りの線のように見えたが、それよりは数学の授業のときの黒板に似ているように感じた。陽が沈むまで彼の手元を見ていた。気がついたら壁の上でキャラクターが笑っていた。かっこよくて僕も笑っちゃった。最後にサインをねだりつつ、
「最初の直線って、なんだったんですか?」
と聞くと、これまで聞いたこともないようなキュビズムの画家の名前をあげながら
「ダブステップって知ってる? あの感じでさ、描きたかったんだよね。クラブで音楽を聴く感じで」
と彼は答えた。
キュビズムもダブステップも知らなかったし、クラブなんて行ったこともない。どうして前世紀の絵画の表現様式とコンピュータで作られるダンスミュージックが、彼のイラストレーションと関係するのか分からなかった。だけど、あのときの僕は確かに興奮していたように思う。家に帰ると、彼が教えてくれたミュージシャンの曲を聞きながら、キュビズムについて調べた。画面を横切る線が、音楽と重なり合って見えた。パソコンの前で少しだけ頭を揺らすと、心拍数が上がる。それから僕はゲオに通ってDVDとCDを借りるようになった。ひたすらブックオフで立ち読みした。YouTubeを巡り続けた。自ら進んで展覧会や実験映画を見るようになった。全部がメチャクチャで訳が分からなかったけれど、そういう営みが世界にあることを知ったのである。あの日の東京遠征は、その出会いは、かけがえのないものだった。
[…中略…]
当たり前だが、最初は芸術の意義なんて考えていなかった。あの日、高校をサボった僕が二時間半くらい電車に揺られて見に行った展覧会で、壁の上にひろがっていった直線たちとキャラクター、そしてキュビズムとダンスミュージック。そういうものたちのあいだを行き来しながら思考して、何かを作るイラストレーターの徹底的な自由に感化されただけである。彼の自由を僕も体験したかった。気がつけば自分はイラストレーターではなくアーティストの道を選んでいたが……それはもしかしたら彼が展示していたギャラリーを運営していたのがアーティストだったことも影響しているかもしれない。絵を描いて、場所を作って生きるのは楽しそうに思えた。だけど理由を決めつけるよりは「運命」って言葉が一番しっくりくる。
今日まで自分なりに活動してきた。作品制作だけでなく批評の執筆、展覧会やイベントの企画などをしていると、人が見てくれて、暖かい朝食を食べたり読みたい本を買うことができるようになった。そうして芸術というのが何なのかを根本的に考えるようになった。そして周囲を見た。
そこにあったのは荒廃した世界だった。
望んでいたのは自由である。しかし自由からかけ離れた荒野が周囲にひろがっていた。人が人を縛り、些細な言い間違いを指摘し合って、自分の利益を最大化しようとする地獄。もはや現代美術は、過去の事例や議論の整理か、美的あるいは政治的な良し悪しを示し合うことで、日銭を稼ぐだけの業界内政治の場所になってしまっていた。アーティスト活動は「お仕事」になっていた。誰かに希望を与えることを辞めてしまっていた。整理と提案。そんなことがしたくて表現を志したわけではない。
あの日、壁の上で直線を踊らせていた彼はもっと自由だった。そこで笑っていたキャラクターのようなものを、僕も作りたかっただけだった。彼の言葉は、その制作論は、ひとりの若者に希望を与えてくれたのである。「世界はもっと面白いんだ」。そういう気持ちになる人が増える活動がしたかった。
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当時の気持ちに偽りはない。31歳になった〈僕〉は、人工知能と一緒に、このサイトをつくっている。ただのホームページだ。だけどHTMLのスキマでこうして文字を打つとき、僕は、僕の表現の居場所を「自分の指でつくっている」と感じられる。あれからたくさんの展覧会を、作品をつくった。人と話したり、争ったり、仲直りをした。ぜんぜん未完成なままではあるけれど、それでも今は自信を持って言える。
「世界はやっぱり面白かった」
ただそれだけの日々を繰り返している。