2025年1月15日、本日よりプロジェクト〈パビリオン・ゼロ〉の第一弾企画となる市外劇=ツアー型展覧会の観測予約を開始することを告知いたします。予約多数の場合は抽選とさせていただきますが、そうした実施詳細についても本ページで説明いたします。
この度、皆さんに観測していただくのは架空の水族園です。空のなかに「ソラ」と「カラ」を重ね合わせた『パビリオン・ゼロ:空の水族園』が、30時間だけ、葛西臨海公園にオープンいたします。
二つの読み方を持つ「空の水族園」は現実と想像力のあいだでゆらめいています。観測を希望される方は、アイマスクのように視聴覚を包み込むヘッドマウントディスプレイを通じてAR(拡張現実)とVR(仮想現実)を行き来していただきながら公園を歩き回り、様々な作家たちによる映像や音声、パフォーマンス、オブジェと出会っていただきます。映像が空を飛び、届かないラブソングがうたわれたかと思えば、別の天動説が現れる……ここでは書き尽くすことのできない出来事たちは、皆さんの目の前で生じることもあれば、過去や未来のなかにしか実在しなかったりします。
パビリオン(pavilion)という言葉は、ラテン語の「papilio(蝶々)」に由来します。このツアーに参加することは、まるで紀元前の中国の説話「胡蝶の夢」において現実と夢のあわいを舞う蝶々のような体験となるでしょう。ソラとカラ
そんな出会いと観測の舞台となる葛西臨海公園は、産業的、軍事的な目的でつくられることが多い他の埋立地とは異なり、国境を超えて移動する動植物や市民のための人工自然として開発されました。中央には2024年末に逝去した建築家の谷口吉生が手がけた葛西臨海水族園があります。多くの来訪者に恵まれるだけでなく、19世紀の万国博覧会ではじまった水族館の歴史を象徴する建築です。しかし2028年を目処に新館への機能移管が予定されています。
空=カラ
葛西臨海水族園の隣接地で進行中の新館建設工事(いまの水槽は空っぽになる)
空=ソラ
1980年代の開発計画の初期段階に谷口吉生が構想していた公園全体に展示パビリオンが分散した状態(空中でしかない場所にも水槽があったかもしれない)
こうした背景を踏まえた上で、30時間限定でオープンする『パビリオン・ゼロ:空の水族園』は、アーティストの布施琳太郎がツアーガイドをつとめます。これまで「つながり」ではなく「断絶」の価値を表現してきた布施は、ソラとカラという互いに異なるイメージのあいだで、葛西臨海水族園の周囲の陸、海、空を案内しながら、架空の水族園へと皆さんを導いていきます。
以下は、そんな布施琳太郎からのメッセージです。
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テクノロジーは何かを解決してくれるだろうか? 1970年も、2025年も、万博についての報道を調べているとテクノロジーを礼賛する言葉に出会うことになる。しかしそこで扱われるテクノロジーとは、僕がこれまでのアーティスト活動で扱ってきたものとは異なるようにも感じられる。そもそも高度な技術とは、いつの時代も市民にとってはブラックボックスである。このブラックボックスをビジネスチャンスではなく、生の条件を根底から再考するために活用する営みは、かつてサイエンス・フィクションやメディアアートと呼ばれていた。
何かの解決のためではなく、世界そのものの複数化のためにテクノロジーを用いることもできる。そのことを私たちは知っている。
ディープフェイクが実在しないイメージを生成し、フェイクニュースによる世論工作すら可能な現代における危機とは、虚構によって現実が侵食されることではない。むしろ現実によって虚構が侵略されることだ。私たちが直面しているのは想像力の危機なのだ。本展を通じて架空の水族園を構想することは、現実から虚構を切り離し、想像力を再び私たちのものにする試みである。
そのためにこそ、再開発の最中にありながら、そんなことを知る由もなく生きて、死ぬ動植物たちが繁茂した葛西臨海公園を舞台とした展覧会を実施する。本展におけるソラとカラは、水族館のなかの〈いのち〉たちが死んだり、病気になったりもする現実によってこそ蝶番されているのだ。
本展が選択したのは、美術館やギャラリーのように多数の結界が張られた展示方法でも、観客参加型の現代美術の方法のどちらでもない。巨大な自然公園としての葛西臨海公園で、1970年代の寺山修司の市街劇——都市の現実に演劇の虚構を重ね合わせる発明——を参照しながら、誤読し、XRのテクノロジーの活用のために転用するのだ。(市街劇を美術展のフレームに当てはめる試みは、2010年代にカオス*ラウンジが福島県いわき市で試みたが、本展と異なり作品はあくまで静的なものだった)。
かつて批評家の椹木野衣は、自らキュレーションした展覧会『日本ゼロ年』(2000年、水戸芸術館)において「日本の現代美術をリセットする」と宣言した。椹木の宣言は過去/現在や西洋/日本の美術の違いの強調においてこれまで評価されてきたが、むしろ私は歴史をリセットする力、つまり現在地を自由に任意の時点−地点に置くゲーム的なリアリズムの方が重要だったと考えている。リセットのとき歴史こそが想像力を触発する場となるのだ。
こうした意味で、僕は「リセット」という言葉を用いる。過去の公園開発計画を読み解いて、現実の生態系や水族館建築の上に、架空の〈いのち〉や病院建築、死体が泳ぐ地下水槽、新たな天動説、ラブソングなどを重ね描きする。ひとりでは不可能な試みだから、たくさんの人が作品や身体を持ち寄ってくれる。その全体が『パビリオン・ゼロ:空の水族園』なのだ。実際のところ眼に見えるものはほとんどないのだが、それでも確実に、想像上の水族園が姿を現すことになるだろう。
この市外劇=ツアー型展覧会を見逃してしまった方も安心して欲しい。同年3月には、プラネタリウムにおける全天球のイメージ投影をXR装置として転用した映像上映『観察報告:空の証言』(コスモ・プラネタリウム渋谷)、さらに資料展示(シビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT])も行う予定だ。それだけでなく今回の水族園構想とはまったく異なる仕方で、今日の想像力の基盤となるような「一次資料」を集めた雑誌『ドリーム・アイランド』も同時期に刊行予定である。本誌への掲載に向けて本展開催意図についての詳細な論考も僕自身の手で執筆中だ。
そのすべてをもってプロジェクト〈パビリオン・ゼロ〉は始動する。乞うご期待。
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以上が布施琳太郎からのメッセージとなります。
『パビリオン・ゼロ:空の水族園』は予約抽選によって選ばれた観測者たちによって経験されることになりますが、予約していない方、落選者も作品展示を鑑賞したり、ツアーの様子を覗き見ることができます。会期当日はぜひ気楽に葛西臨海公園へと足を運んでいただけたら幸いです。
日程:2025年2月8日(土)、2月9日(日)
時間:10:00–12:00、13:30–15:30(両日程)
会場:葛西臨海公園 鳥類園ウォッチングセンター集合
鑑賞無料、各回予約抽選制(20名ずつ)
※ 落選者、非予約者も作品展示やツアーの様子を観測することができます
予約申し込み:CCBTウェブサイト
ツアーガイド、企画、演出、脚本:布施琳太郎
XR設計:Jackson KAKI
XRコンテンツ制作:米澤柊、布施琳太郎、小松千倫
展示:米澤柊、板垣竜馬、涌井智仁、布施琳太郎
アートディレクション:八木幣二郎、酒井英作
テクニカルディレクション:村川龍司(arsaffix)、イトウユウヤ(arsaffix)
パフォーマンス:青柳菜摘、雨宮庸介(形式提供)、倉知朋之介、黒澤こはる、米村優人
記録撮影:竹久直樹
制作進行:坂口千秋、加藤夏帆(TASKO)、島田芽生(CCBT)
主催:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
©︎ Rintaro Fuse / Project Pavilion ZERO