展覧会概要

 

関内駅の目の前には、奇跡的に空襲の被害を逃れ100年近い月日を生き延びたイセビルという建物がある。地下には戦前に描かれ、現在は朽ちかけた壁画が残っており、ここでは昨年からバーが運営されている。<ソラリスの酒場>は実際の酒場と過去の壁画、そして若手作家の作品が絡み合う展覧会である。

 

名称:ソラリスの酒場

会期:2018年1月8日から1月21日(会期中無休)

時間:16:00-23:00

会場:the Cave/Bar 333

住所:横浜市中区伊勢佐木町1-3-1

アクセス:京浜東北線「関内」駅より徒歩1分、みなとみらい線「馬車道」駅から徒歩9分

 

企画/配置:布施琳太郎

出展作家:藍嘉比沙耶伊阪柊奥田栄希鈴木雄大都築拓磨布施琳太郎

 

 

イベント(随時追加予定)

 

1月8日(月)  オープニングパーティ(1Dオーダー)

18:00~19:00 トーク「横浜と芸術の歩み」布施琳太郎+伊藤大貴

19:00~19:30 ライブ 増田義基

 

1月13日(土)

19:00-19:30 ライブ 荒井優作

 

1月21日(日) 1000円(1D込み)

19:00-20:30 トーク「分散するナラティブ—ポスト・トゥルース時代の物語」布施琳太郎+仲山ひふみ

 

 

会場近辺での展示

 

<MEDEIA PRACTICE 17-18>
会場:BankArt studio NYK

会期:2018年1月12,13,14日

時間:11:00-19:00(最終入場18:30)

東京芸術大学 大学院映像研究科 メディア映像専攻の在籍生による展示です。布施琳太郎、鈴木雄大が出展します。

 

<開港場横浜の原風景-350年の歴史を探る->
会場:横浜開港記念博物館

会期:2017年10月25日(水)~2018年1月28日(日)

時間:9:30-17:00(最終入場16:30)

休館日:毎週月曜日
入場料:大人200円、小中学生100円

 

<石内都「肌理と写真」/横浜美術館コレクション展>

会場:横浜美術館

会期:2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)
時間:10:00~18:00(最終入場は17:30まで)

休館日:毎週木曜日
入場料:一般1500円、学生900円

プレスリリース→PDF


コンセプト

 

<ソラリスの酒場>は「不完全なアルゴリズム」によって展開する。これは『惑星ソラリス』に登場する「客」という概念、そしてこの展覧会が開催される横浜で150年前に行われた近世日本と諸外国の「アナグラム的な再構成」を抽象化した結果、導き出されたものだ。このステートメントでは、まず『惑星ソラリス』についての説明を行い、次に横浜という街の成立を紹介し、最後に本展覧会が何を実践するのか提示する。

 

『惑星ソラリス』という一連の作品群――アンドレイ・タルコフスキーが1972年に監督したSF映画/その原作となる小説/2002年のリメイク映画――における設定や展開は3つの作品で少々異なるものとなっている。しかしメインの舞台となるのがプラズマ状の海と雲に覆われた「ソラリス」という惑星であることは変わらない。物語は地球の研究者たちがこの星を訪れ、ソラリスの海を調査する中で展開する。星を覆う海はソラリス唯一の生命であり、知性を持っているが、コミュニケーションをすることはできない。しかしソラリスの海は、研究者の記憶を具現化させ「客」と呼ばれる存在を生成することで、間接的に干渉してくる。

 

この作品に着目したのは「客」という概念に惹かれたのが理由だ。ソラリスの海は、それぞれの研究者から人物や風景に関する強烈な記憶を記録として抽出し、実体化する。しかし海は記憶にとても忠実に「客」を生成するため、人間の記憶の曖昧さが露呈してしまう。例えば服のボタンなどについては記憶していないので現前の際に捨象されたり、あるいは自分の脳内ではリンクしているが、本当は知り得ないような情報を「客」は知っていたりする。このように何かが欠けているような、あるいは過剰なような、しかし自分の記憶を掘り起こす限りではよく知った人間でしかないような不気味なものが「客」なのだ。

 

このような不気味な存在の繰り返される干渉に憔悴しきった主人公は、神についての思弁に耽り、こんなことを口にする。

 

「聞いたことがないかな、かつて神は神でも……欠陥を持った神を崇める信仰があったというようなことを」「この、 ぼくの…… 神は、複数という概念を知らない存在であるはずなんだよ」

 

人間は複数という概念を知っている。だから他者が存在し、それによって様々な問題が生まれたりもする。しかし彼は「複数という概念を知らない」神について考えている。つまり海という他者とのコンタクトを主題としたSF小説の中で、コンタクトすることが根本的に不可能な存在について、語っているのだ。彼は神とは絶対者であるという前提に立ちながら、同時に「欠陥を持った神」というものについて考える。そしてそれは「不完全さをもっとも本質的な、内在的な特徴として持っているような神」であるとも述べられる。

 

彼の考える神は、人間やソラリスの海のことではないという。ではどのような存在なのだろうか?それは作中で既に語られているとボクは考えた。つまり数学だ。小説版の序盤で「客」と出会った主人公は、これが自分の精神の錯乱によるものなのか、あるいは現実のものであるのかを判断するためにある行動を取る。もしこれが精神の錯乱や幻覚なのであれば、自分の想像力や脳から切り離されたことは起こるはずがない。そこで本質的に偶然的な結果をもたらす物事として、彼は衛星の軌道を計算で予測することにするのだ。そして計算の解答を、実際の観測結果と比較する。なぜなら数学的な計算が、不安定な宇宙における現実の運動と完全に一致することはありえないからだ。そして主人公は小数点5桁以下の計算結果がズレていることで、自分が正気であることを確認し、「客」が現実の存在であることを理解する。ここでは神のお告げのように数学が扱われている。

 

次に「横浜」という街について紹介する。横浜の中でも<ソラリスの酒場>が開催される中区と呼ばれる地域は海を埋め立てて作られた街である。周知のように、ここはペリー率いるアメリカ海軍艦隊の要求に応える形で開国/開港され、それに合わせて開発された地域だ。こうした時代の痕跡は少し散歩をすれば巡ることができるだろう。わずか半径2kmほどの空間に開港当時に建てられた洋館や外国人のための墓地、教会、中華街、風俗街などがひしめき合っているのだ。

 

当時の横浜で、日本人と在留外国人を隔てるために用意された境界線の脇に<ソラリスの酒場>はある。在留外国人の暮らす海側の「関内地域」と日本人の暮らす「関外地域」は「吉田橋関門」という関所によって分節されていたのだ。会場の脇にはその存在を示す記念碑も残っている。関外地域のなかでも最も関所に近い建物が、今回の会場の入居しているビルである。過去にあったこの境界線は、現在でいうところの根岸線/京浜東北線の線路のラインである。そして様々な物品や技術は、海からまっすぐ伸びた「馬車道」を通って関所まで運ばれ、関外地域に「伊勢佐木町」という商店街を形成し、日本中に伝播した。

 

このように日本の近代化は横浜の開港を端緒にしたものである。江戸時代までの日本の思想や芸術、食、ライフスタイルは、アメリカやイギリスをはじめとした西洋諸国のそれらと混じり合っていった。まるで2つの単語をアナグラムによって1つの単語にするように、複数の文化がバラバラになりながら1つの場所へ再構成されていったのだ。こうして形成された横浜という街は「客」と同じく不気味なものである。

 

ここでアナグラムについて確認をしておく。これはなんらかの文字列を組み替えて、別の意味を作る言葉遊びだ。例えば「anagrams(アナグラム)」はアルファベットの単位でバラバラにし「ars magna(偉大なる芸術)」という2つの単語からなる文字列に再構成することが可能である。そしてもちろん「ars magna」は「anagrams」へと再構成が可能だ。(奇遇なことに『惑星ソラリス』で主人公の記憶を元に「客」として現前するヒロインは、リメイク映画において「ハリー(harey)」から「ライア(Rheya)」へと――ハリーが英語圏では男性名であるという理由で――アナグラムを通して変更されている)

 

ボクは横浜という街の成り立ちをアナグラムの変遷として図式化(ダイアグラム化)することで、日本とは何なのかが見えてくる面があると考えている。しかし図やダイアグラムを見せることはアーティストの仕事ではない。ボクがこの展覧会で実践したいのは、この時代において絶対的に普遍的で客観的なものとはなにか?という問いを元に、現在の社会を反映し、批判的に表象することだ。これはあまりに当たり前のアーティストの責務である。それは過去の時代であれば神や政治、あるいは資本主義を介して実践された。

 

そろそろまとめに入ろうと思う。『惑星ソラリス』をはじめとしたSFは現代の文化を考えるにあたって1つの特異点である。それは神や政治、資本主義ではなく、科学や数学に介してアクセスされる宇宙やサイバースペース、可能世界に想像力を向けることで、新しい時代の物語を可能にした。こうした想像力は形を変えながら、今日まで続いている。中でもボクは『惑星ソラリス』という作品に魅せられてしまった。この作品では、数学によって自己意識が証明され、「客」の存在が証明される。この解答はSFにおける1つの達成である。そして横浜もまた現代の日本の状況を考えるにあたって1つの特異点となっている。横浜で行われたアナグラム的な再構成は、日本の成立に対して重要な影響をもたらした。SFにおける新たな絶対性の獲得と、横浜を端緒とする新たな国家の成立。この二重性の中で<ソラリスの酒場>は企画された。

 

この二重性を総括し、抽象化した結果、ボクはこの時代における絶対的に普遍的で客観的なものとは「アルゴリズム」であると考えるに至った。しかもそれは『惑星ソラリス』における「不完全さをもっとも本質的な、内在的な特徴として持っているような神」としてのアルゴリズムである。

 

アルゴリズムとは「定式化された手続き」のことである。現代のアーティストはアルゴリズムを介さずに何かを作ることはできなくなっている。パソコンやiPhone、編集ソフトは元より、カメラや楽器、画材から発表の空間まで、すべてはアルゴリズムによって駆動するものに置換された。

 

こうした状況のなかで、単に企業や社会が用意したものではなく、独自の「不完全なアルゴリズム」を措定し、それを介して制作することで、この時代に固有の表現を実践しようとしているアーティストがここには集められている。この展覧会は『惑星ソラリス』で数学によって存在が証明された「客」や、アナグラム的な再構成の結果生まれた「横浜」のように不気味なものとなるだろう。こうした1つの挑戦に足を運んでいただけたら幸いに思います。

 

布施琳太郎